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《創造者に導かれる旅》110 「神さまの選びは、選抜ではなく、神さまの方からわたしたちを愛してくださることです」 [希望と慰めの言葉]

《創造者に導かれる旅》110 「神さまの選びは、選抜ではなく、神さまの方からわたしたちを愛してくださることです」

申命記10:15 主はあなたの先祖に心引かれて彼らを愛し、子孫であるあなたたちをすべての民の中から選んで、今日のようにしてくださった。

※神さまは、イスラエルの民の先祖であるアブラハム、イサク、ヤコブ、ヨセフら、小さな民をに心を配り、導かれました。そして、その子孫であるイスラエルの民に、神さまは自ら手を伸ばされました。同じように、神さまは、わたしたち小さな者にもお心を向けてくださり、離れていたわたしたちをみもとに引き寄せてくださいます。神さまの選びは選抜、選出のことではありません。神さまの方からわたしたちに手を伸ばしてくださる、神さまの方からわたしたちを見てくださる、神さまの方からわたしたちのところにお越しくださることが、神さまの選びなのです。

今週の祈り「神さま、祈り無きわたしたちに祈りを教えてくださり、まことにありがとうございます。神さま、わたしたちが自分の思いではなく、あなたの御心に導かれて、あなたの御心を慕い求めることができますように。わたしたちを謙らせてください。かたくなな思いを吐き出し、聖霊を吸い込ませてください。不安が去り、平安が訪れますように。苦しみの氷河が溶け、慰めの小川が流れ始めますように。神さま、いたむ体をお癒しください。進学や就職の道を切り開いてください。闇が去り、光が昇りますように。主イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします。アーメン」
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《使徒書の御言葉》その110「神さまから受けた幸福な出来事こそが生きるよりどころ」 [希望と慰めの言葉]

《使徒書の御言葉》その110「神さまから受けた幸福な出来事こそが生きるよりどころ」

コリントの信徒への手紙15:1 兄弟たち、わたしがあなたがたに告げ知らせた福音を、ここでもう一度知らせます。これは、あなたがたが受け入れ、生活のよりどころとしている福音にほかなりません。

※「福音」とは「幸福なおとずれ」と書きますが、御言葉が告げる福音とはどのようなものなのでしょうか。パウロは、この聖書の箇所で、福音とは、ひとつは、「受けとる」もの、つまり、自分の作り出したものではなく、神さまから受けたものだと言っています。もうひとつは、「生活のよりどころ」であると言っています。パウロは、イエス・キリストがわたしたちの罪のために死んだけれども、復活し、わたしたちに現われてくださったこと、自分のような小さな者にも現われてくださったこと、このように神さまから受けた出来事こそが福音であり、「生活のよりどころ」、生きるよりどころだと述べています。

今週の祈り「神さま、思い煩うわたしたちを祈りへとお招きくださり、まことにありがとうございます。神さま、わたしたちの間に愛と誠実、喜びと平和が満ちあふれますように。聖霊の実が結ばれますように。神さま、体や心のことで、ほんとうに苦しい思いをしている方がたを思います。神さま、どうぞ、あなたの平安でお癒しください。神さま、家族のことで祈っている方がたを思います。どうぞ、あなたが支え、お慰めください。主イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします。アーメン」

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《創造者に導かれる旅》109 「大きな宇宙の主が小さな私に手を伸ばしてくださいます」 [希望と慰めの言葉]

《創造者に導かれる旅》109 「大きな宇宙の主が小さな私に手を伸ばしてくださいます」

申命記10:14 見よ、天とその天の天も、地と地にあるすべてのものも、あなたの神、主のものである。10:15 主はあなたの先祖に心引かれて彼らを愛し、子孫であるあなたたちをすべての民の中から選んで、今日のようにしてくださった。10:16 心の包皮を切り捨てよ。二度とかたくなになってはならない。

※わたしたちが生きている地球も、地球にあるすべてのものも、地球を抱きかかえる天空も全宇宙も、神さまのおられる天も、すべて神さまが創り、神さまに属するものです。その限りなく大きい全宇宙の主が、わたしたちのような、どうしようもなく小さなひとりを愛し、手を伸ばし、起き上がらせてくださるのです。わたしたちはこのことに心を閉ざしてはなりません。わたしたちの精神の窓を全開にし、魂をやわらげようではありませんか。

今週の祈り「神さま、あなたは、わたしたちの苦しみをはるかにこえる大きなお方でありながら、わたしたちの苦しみをこまかく知ってくださいます。心より感謝申し上げます。神さま、召された友らが、天のあなたの御許で、本当に平安でいますように。楽ではなかった地上の歩みを、どうぞ、おねぎらいください。あなたのもとで、わたしたちを再会させてください。神さま、心が晴れず悩み苦しみ続けている友がいます。どうぞ、あなたが雲を拭い去ってください。陽光を照らしてください。主イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします。アーメン」

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《使徒書の御言葉》その109「我執は神に預け、神から愛を預かりましょう」 [希望と慰めの言葉]

《使徒書の御言葉》その109「我執は神に預け、神から愛を預かりましょう」

コリントの信徒への手紙14:3 しかし、預言する者は、人に向かって語っているので、人を造り上げ、励まし、慰めます。14:4 異言を語る者が自分を造り上げるのに対して、預言する者は教会を造り上げます。14:5 あなたがた皆が異言を語れるにこしたことはないと思いますが、それ以上に、預言できればと思います。

※教会は、牧師の説教だけでなく、教会の外の人びととのあり方において、つねに、神さまの愛のメッセージを伝えることが大切です。世の人にわかる仕方で、励まし、慰めるメッセージを発信することが求められています。自分をごまかす言葉ではなく、自分をも世の人をも、励まし、慰め、促す言葉を発しなければなりません。その言葉は、自分の言葉ではなく、神の言葉の中に見出されます。預言とは神の言葉を預かることです。わたしたちは、自分の執着は神さまに預けてしまい、はんたいに、神さまの愛の言葉を預かり、神さまの愛を人にもたらそうではありませんか。

今週の祈り「神さま、わたしたちを静かな祈りの場へとお導きください。神さま、わたしたちを静まらせ、あなたの平安と慰めで満たしてください。神さま、苦しむ人々をお慰めください。その苦しみから解き放ちてください。神さま、理不尽な差別によって、二重三重に苦しんでいる友がいます。どうぞ、わたしたちが人を抑え付けていることにつねに気づき、悔い改め、抑え付けられている人びとが解き放たれますように。主イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします。アーメン」
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《創造者に導かれる旅》108  「神さまを信頼し、神さまの愛に従って生きることが、わたしたちの幸いです」 [希望と慰めの言葉]

《創造者に導かれる旅》108  「神さまを信頼し、神さまの愛に従って生きることが、わたしたちの幸いです」

申命記10:12 イスラエルよ。今、あなたの神、主があなたに求めておられることは何か。ただ、あなたの神、主を畏れてそのすべての道に従って歩み、主を愛し、心を尽くし、魂を尽くしてあなたの神、主に仕え、10:13 わたしが今日あなたに命じる主の戒めと掟を守って、あなたが幸いを得ることではないか。

※神さまはわたしたちに何を求めておられるのでしょうか。それは、わたしたちと世界を創造してくださった神さまの圧倒的な愛とお力に驚嘆し、深く感謝してひれ伏し、神さまの示される道を歩むことです。その道は、神さまこそがわたしたちのすべてであると根本的に信頼し、神さまから与えられる愛、喜び、平和、寛容、誠実を心から慕い、自分の心がそれに満たされますように絶えず祈り求めることです。こうして、わたしたちは、神さまがくださるいのちに満たされて生きる幸いが許されているのです。

今週の祈り「わたしたちの主なる神さま、わたしたちをまことの祈りへと、どうぞ、お導きください。わたしたちの計画ではなく、あなたの愛に委ねさせてください。神さま、わたしたちの病いをお癒しください。あなたがそばにいて、癒しの御手をあててください。神さま、わたしたちをあなたへと立ち返らせてください。そして、あなたに従う羊の群れとして歩ませてください。イエス・キリストが羊飼いとなり、わたしたちを導いてください。主イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします。アーメン」

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《使徒書の御言葉》その108「神さまは愛であり、わたしたちの信仰と希望と愛の泉です」 [希望と慰めの言葉]

《使徒書の御言葉》その108「神さまは愛であり、わたしたちの信仰と希望と愛の泉です」

コリントの信徒への手紙一13:13 それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。

※ここでパウロは単純に、「わたしたちにとって大切なことは、信じることよりも、希望を捨てないことよりも、神や人を愛することである」と言っているのではありません。なぜ愛が最も大いなるものなのでしょうか。愛は神さまだからです。わたしたちの信仰よりも希望よりも、愛である神さまの方が大切です。わたしたちの信仰も、わたしたちの希望も、神さまという源、愛という源から生まれてくるからです。言い換えますと、信仰も、希望も、そして、わたしたちが神さまや人を愛する愛も、じつは、神さまからいただいたものなのです。だからこそ、パウロは、愛をもっとも深いところに位置づけるのです。

今週の祈り「愛なる神さま、わたしたちに愛を満たしてください。傲慢や憎しみや争いをわたしたちの中から追い出し、あなたの平安で満たしてください。そして、わたしたちがあなたの愛と平安を、自分自身と他の人びとに言い表しながら、生きて行くことができますように、どうぞ、お導ください。神さま、わたしたちの病める体をお癒しください。神さま、社会や集団の中にはびこる抑圧や差別からわたしたちを解き放ちてください。神さま、若い人びとの前に広い道を切り開いてください。神さま、あなたを求める人びとに、あなたの愛をお示しください。主イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします。アーメン」

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《創造者に導かれる旅》107  「偶像崇拝は打ち砕かれ、祝福は更新されます」 [希望と慰めの言葉]

《創造者に導かれる旅》107  「偶像崇拝は打ち砕かれ、祝福は更新されます」

申命記10:1 そのとき、主はわたしに言われた。「あなたは、前と同じように、石を切って板を二枚造り、山に登ってわたしのもとに来なさい。また木の箱を作りなさい。10:2 わたしは、あなたが前に砕いた板に書かれていた言葉をその板に書き記す。あなたはそれを箱に納めるがよい。」

※神さまは民に十戒を与えました。その中には「あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない。 あなたはいかなる像も造ってはならない」とありましたが、民は子牛の像を造ってしまいました。モーセはその像とともに十戒の板も打ち砕きました。偶像が破壊されると同時に戒めも破棄されたのです。けれども、戒めは神さまの祝福の約束でもありました。神さまはそれを新しい板にあらためて刻んでくださいます。わたしたちが神さまから離れ、神ならぬモノを神としてしまっても、神さまはそれを打ち壊してくださり、あらためて祝福の約束をわたしたちにくださるのです。

今週の祈り「神さま、この祈りにおいて、わたしの中にある肉の思いを滅ぼし、あなたの霊で満たしてください。神さま、この祈りにおいて、あなたの良き思いを、わたしの中に注いでください。神さま、病や仕事や家族や人間関係や生活や将来のことで悩み苦しんでいる人びとを、どうぞ、顧みてください。神さま、人や組織の理不尽や差別によって苦しんでいる友らのことを思います。神さま、どうぞ、わたしたちの不義の中にあなたの正義を打ちたててください。涙を笑顔に変えてください。主イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします。アーメン」

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《使徒書の御言葉》その107「神さまに愛され、それにお応えする」 [希望と慰めの言葉]

《使徒書の御言葉》その107「神さまに愛され、それにお応えする」

一コリント13:4 愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。13:5 礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。13:6 不義を喜ばず、真実を喜ぶ。

※神さまは、わたしたちに対して、忍耐強く、情け深く、ねたむことなく、自慢することなく、高ぶることもなさいません。ご自分の利益を求めず、苛立たず、恨みを抱くことがありません。義と真実を喜ばれます。わたしたちに対してそのようにしてくださいます。それにお応えして、わたしたちも少しでも、忍耐と慈しみを持ち、人の境遇を妬まず、傲慢を避けることができるように祈り求めたいと思います。相手を敬い、私利私欲、自分のこだわりから離れ、怒りや恨みを遠ざけたいと願います。自分の正しさではなく、神さまの真実を誠実に求めたいと祈ります。

今週の祈り「神さま、わたしたちを祈りへと連れ戻してくださり、まことにありがとうございます。あなたに促されて、わたしたちが、繰り返し祈りへと立ち返ることができますように。神さま、わたしたちを静かな祈りへとお導きください。神さま、病気の友を、どうぞ、お癒しください。神さま、若い人の歩む道を、どうぞ、お導きください。あなたを信頼しながら、人生をゆたかに歩むことができますように。神さま、仕事で苦しんだり、あたらしい職場を求めたりしている友がいます。どうぞ、お支えください。神さま、わたしたちひとりひとりが復活のキリストを信じて、復活の主に最大の希望を見いだすことができますように。主イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします。アーメン」
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《創造者に導かれる旅》106  「神さまが私たちの偶像を打ち砕いてくださいます」 [希望と慰めの言葉]

《創造者に導かれる旅》106  「神さまが私たちの偶像を打ち砕いてくださいます」

申命記9:21 また、あなたたちの罪、あなたたちが造った子牛を取り上げて火に投じ、粉々に砕いて塵とし、その塵を山から流れる川に投げ捨てた。

※民は神さまを待ちきれず、自分たちの手で子牛の像を造り、それを神として拝みました。モーセは、それを取り上げ、火に投じ、灰になるまで燃やし尽くし、川に捨てました。わたしたちも神さまを待ちきれず、自分の力や思いやお金や財産や人間関係や目に見えるものに全面的に頼ってしまうことがないでしょうか。聖書はそれを偶像崇拝と呼びます。けれども、神さまはわたしたちが崇拝する偶像を打ち砕き、焼き尽くし、ただご自分だけを、つまり、まことの神だけを根本の支えにするようにお招きくださるのです。わたしたちはイエス・キリストを十字架に追いやってしまいましたが、はんたいに、十字架のキリストは、そのわたしたちとその罪を打ち砕こうとしてくださるのです。

今週の祈り「神さま、祈りを知らないわたしたちを十字架のもとに招き、祈りへとお導くださり、まことにありがとうございます。神さま、わたしたちのかたくなな言葉と心と行いを十字架の上で打ち砕いてください。そして、あなたの霊によって、愛と喜びと平和と寛容と誠実を実らせてください。神さま、病気で苦しんでいる方がたを、どうぞ、お癒しください。心が重く、晴れない方がたを、どうぞ、お慰めください。あなたの平安をもたらしてください。イエス・キリストのように苦しめられ、外に追い出されている友が何人もいます。どうぞ、その友らの友となってください。主イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします。アーメン」

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《使徒書の御言葉》その106「神の愛と、わたしたちからそれが滲み出ることが、すべてです」 [希望と慰めの言葉]

《使徒書の御言葉》その106「神の愛と、わたしたちからそれが滲み出ることが、すべてです」

一コリント12:31そこで、わたしはあなたがたに最高の道を教えます。13:1 たとえ、人々の異言、天使たちの異言を語ろうとも、愛がなければ、わたしは騒がしいどら、やかましいシンバル。13:2 たとえ、預言する賜物を持ち、あらゆる神秘とあらゆる知識に通じていようとも、たとえ、山を動かすほどの完全な信仰を持っていようとも、愛がなければ、無に等しい。

※パウロが教える最高の道とは「愛」です。そして、「愛」とは「神の愛」「キリストの愛」であり、それを受けたわたしたちから滲み出る愛のことではないでしょうか。わたしたちが、たとえ、神の霊に満たされて自分の言葉ではない言葉を語ろうとも、わたしたちが神と人を愛していなければ、そこに神の愛が無ければ、騒音に過ぎません。わたしたちが、たとえ宗教的に深い知恵・知識を口にしようとも、たとえ熱心な信仰を持っていても、神と人を愛していなければ、そこにキリストの愛が無ければ、何もないにひとしいのです。言い換えれば、神からの愛、そして、わたしたちからそれが滲み出る愛こそが、わたしたちのすべてなのです。

今週の祈り「神さま、わたしたちを聖霊で満たしてください。聖霊の実りを収穫させてください。神さま、傷ついた体と心を、あなたの愛と癒しで包み込んでください。神さま、わたしたちを善き力で囲んでください。神さま、起き上がれない者を起き上がらせ、歩めない者を歩ませてください。神さま、キリストは苦しみ、十字架を背負って、歩いておられます。わたしたちも、その後に続くことができますように。神さま、若い人たちの前途を祝福してください。主イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします。アーメン」

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