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主の御目に [希望と慰めの言葉]

《荒れ野に水が・・・イザヤと歩む》 「主の御目に」 イザヤ49:4-5

49:4 わたしは思った/わたしはいたずらに骨折り/うつろに、空しく、力を使い果たした、と。しかし、わたしを裁いてくださるのは主であり/働きに報いてくださるのもわたしの神である。
49:5 主の御目にわたしは重んじられている。わたしの神こそ、わたしの力。

※わたしはこれまで一体何をしてきたのでしょうか。自分の中には何も積み上げられていないし、他の人々の役に立ったわけでもありません。疲労と空しさと後悔と不満が募るばかりです。しかし、主はこのわたしをも重い者、大事な者と見てくださいます。けれども、わたしの重みはどこにあるのでしょうか。主がたしかに見ていてくださる、主がわたしの力になってくださる、主が太い御腕で支えていてくださる、ここにわたしの重みがあります。

今週の祈り「主なる神さま、み言葉をお与えくださり、それを通して、あなたのお働きを覚えさせてくださり、まことにありがとうございます。主よ、独りで歩き始める人をどうぞお支えください。新しい生活を祝福してください。毎日を心穏やかに過ごすことができますように。家族と友の病気をお癒しください。主イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします。アーメン」

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