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2021年7月11日 [今週の聖書の言葉]

【今週の聖書の言葉】

「主がわたしを遣わされたのは、捕らわれている人に解放を、目の見えない人に視力の回復を告げ、圧迫されている人を自由にし、主の恵みの年を告げるためである。」(ルカ4:18-19)

 「捕らわれている人に解放を」。この言葉から、わたしたちはどのような解放を思い浮かべるでしょうか。
 罪からの解放を考える人がいるでしょう。わたしたちは、自分の強い思いに捕らわれ、神に聴くことも委ねることもせず、隣人を想うこともしません。そのような罪にもかかわらず、わたしたちは生かされています。また、その捕らわれから一歩外に出るように、神に促されています。
 心身の苦しみ、生活や仕事の苦しみからの解放を祈り求めている人がいるでしょう。わたしたちは、自分のことだけでなく、友や世界の人びとの平和、平安を祈らずにはいられません。
 そして、力ある者による抑圧、たとえば、部落差別、人種差別、民族差別、障がい者差別、性的少数者差別、学歴差別、人事・雇用差別、支配者の民衆抑圧、金持ちの貧乏人抑圧がなくなり、それによって苦しむ人がいなくなることを何十年も深く祈り求めている人びとがいます。
 残念ながら、これらはすぐには解決しません。自分を捨て、神に完全に委ね、隣人のことだけを想う人はいません。心身、生活、仕事の苦しみがまったくなくなることはありません。強者による差別、抑圧がなくなる日はいったいいつになるのでしょうか。
 しかし、その苦しみをしっかりと受け止め、そこからの解放を切に祈り求め、心に希望を抱くとき、わたしたちは苦しみの中にあって、すでに解放への道を歩んでいるのではないでしょうか。解放はゴールではなく道ではないでしょうか。

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